大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 平成7年(ワ)379号 判決

原告

大原正樹

被告

有限会社ミノルサービス

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金九七九万二一六〇円及びうち金八八九万二一六〇円に対する平成六年二月二四日から支払済みまで、うち金九〇万円に対する平成八年一二月二一日から支払済みまで、各年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、連帯して金一六一七万八九七一円及びうち金一四三八万九九七四円に対する平成六年二月二四日から支払済みまで、うち金一七八万八九九七円に対する平成八年一二月二一日から支払済みまで、各年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、後記事故(以下「本件事故」という。)により傷害を負つた原告が、被告上原政彦(以下「被告上原」という。)に対しては民法七〇九条に基づき、被告有限会社ミノルサービス(以下「被告会社」という。)に対しては民法七一五条に基づき、損害賠償を求める事案である。

なお、付帯請求は、弁護士費用を除く内金に対する本件事故の発生した日から支払済みまで、及び、弁護士費用に対する本判決言渡しの日の翌日から支払済みまで、いずれも民法所定の年五分の割合による遅延損害金である。

また、被告らの債務は、不真正連帯債務である。

二  争いのない事実

1  事故の発生

(一) 発生日時

平成六年二月二四日午前八時二〇分ころ

(二) 発生場所

神戸市東灘区深江浜町一二六所在の訴外福山通運株式会社神戸営業所荷物集配所構内

(三) 争いのない範囲の事故態様

原告が、右荷物集配所のプラツトホーム(鉄道の駅のプラツトホームと同様のもの)に後部荷台を着けて停止していた原告所有の貨物自動車(以下「原告車両」という。)の荷台に、プラツトホーム上から荷物を積み込む作業をしていたところ、被告上原が原告車両を運転して発進させたため、原告が右プラツトホーム上から、下のコンクリート床に転落した。

2  被告らの関係

被告上原は、本件事故当時、被告会社の業務に従事中であつた。

三  争点

本件の主要な争点は次のとおりである。

1  本件事故の態様及び被告上原の過失の有無、過失相殺の要否、程度

2  原告に生じた損害額

四  争点1(本件事故の態様等)に関する当事者の主張

1  原告

被告上原は、原告がプラツトホーム上で原告車両に荷物を積み込む作業をしていたのであるから、原告車両をプラツトホームから移動させた場合には、原告が荷物をかかえたままプラツトホームから転落する危険があることを十分予見することができた。

にもかかわらず、同被告は、原告に無断で、また、原告に原告車両を移動させることを知らせずに、原告車両を運転し、プラツトホームから離した過失により本件事故を惹起させたものである。

2  被告ら

原告車両が停止していたプラツトホームは、被告会社のポートアイランド行きの専用荷物積み場であつた。

ところが、原告がこれに反して原告車両をそこに停止させたため、被告上原は、原告車両を他の場所に移動させるよう申し入れ、さらに、これを同被告が運転して移動させる旨を伝えた上で原告車両を発進させたところ、後方で、原告がコンクリート床上に転落していることを認めた。

よつて、被告らは、原告がどのような状態で転落したのか明らかではないが、本件事故直後、原告は、プラツトホームから約二五センチメートル低い原告車両の荷台に、後ろ向きに足を掛けようとしていた旨述べており、これは、常識ではおよそ考えられないような荷物積み込みの方法である。

したがつて、被告上原には過失はなく、本件事故は、もつぱら原告の一方的な過失により生じたものというべきである。

また、仮に、被告上原に何らかの過失が存在していたとしても、原告にも右に述べたような過失があるから、大幅な過失相殺がされるべきである。

五  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

第三争点に対する判断

一  争点1(本件事故の態様等)

1  甲第一号証、第三号証、第一〇号証、検甲第一号証の一ないし五、検乙第一号証の一ないし九、第二号証の一、二、第三号証の八、第五号証の一ないし一六、証人山口義之の証言、原告及び被告上原並びに被告会社代表者の各本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、本件事故の態様等に関し、前記争いのない事実の他に次の事実を認めることができる。

(一) 本件事故の発生した訴外福山通運株式会社神戸営業所荷物集配所は、同社が運送を請け負つた荷物のうち、神戸市東部、西宮市、芦屋市、宝塚市等に配送されるべき荷物を全国から集め、これらを区分し、最終の荷受人に向けて発送する作業のために主に使用されている。

そして、同社は、右集配所から最終の荷受人への配送の多くを下請に委ね、本件事故当時、被告会社(分担はポートアイランド、灘区方面等への配送)、訴外京配送有限会社(分担は東灘、宝塚、芦屋、西宮方面等への配送)は、いずれも訴外福山通運株式会社の下請業者であつた。

また、原告は、訴外京配送有限会社の下請業者として、主にオーバーナイトサービス便(午前八時、九時、一〇時に荷受人のところに到着する便)の配達に従事していた。

(二) 右集配所の構内は、自動車が自由に出入りすることのできる構造となつている。そして、構内中央にプラツトホームが設けられ、自動車の後部荷台をプラツトホームに着けることによつて、プラツトホームと自動車の荷台との間で、相互に荷物を容易に運べるようになつている。

また、床に段差を設けることによつて、プラツトホームの高さは六五ないし一三〇センチメートルの数段階に分かれており、大型貨物自動車も小型貨物自動車も、荷台の高さに応じたプラツトホームに後部荷台を着けることによつて、荷物を容易に運べるようになつている。

なお、プラツトホームには区域を示す表示がされ、当該区域に配送する荷物は、おおむね、その表示の場所に置かれることとなつている。

(三) 右集配所には、主に夜間、訴外福山通運株式会社の大型貨物自動車が全国から荷物を運び込んでくる。そして、同社の夜勤者が、これを最終の荷受人の区域によつて、おおまかに、プラツトホームの当該区域に荷分けする。

これを、同社の下請業者が早朝にさらに細かく区分けし、実際に配送を担当する自動車ごとに荷物をまとめて台車に乗せておき、これを運転手が貨物自動車に積み込んで、最終の荷受人のもとに配送する。

なお、本件事故の発生した午前八時二〇分ころは、最終の荷受人のもとに荷物を配送する貨物自動車が右集配所に集まるため、もっとも繁忙をきわめるころである。

(四) 本件事故当日、訴外京配送有限会社の配車作業を担当していた山口義之(個人で山口運送を営んでおり、事業形態としては訴外京配送有限会社の下請にあたる。)は、オーバーナイトサービス便の荷物を台車にまとめ、「港島」と表示のあるプラツトホーム付近に置いていた。

そして、その配達を担当する原告に対して、台車の位置を指示するとともに、右プラツトホームが使われていなかつたため、これを使うように指示した。

なお、右プラツトホームの高さは約九〇センチメートルであり、原告車両の荷台の高さは約六五センチメートルであつたため、原告車両にとつてはややプラツトホームが高いという位置関係にあつた。

(五) 右指示にしたがい、原告は、原告車両の後部をプラツトホームに着けて停止させ、台車をプラツトホームの端まで持つてきた上で、荷物を原告車両に積み込む作業を始めた。

この作業内容は、具体的には、車の荷台に背を向けた形で、伝票と荷物とを照合し、照合後の荷物を持ち上げて振り返り、前向きになつて車の荷台に荷物を運び入れるという動作の繰り返しである。

そして、荷物があと数個となつた時点で、被告上原が、原告に対し、「車をどけてくれ。」と告げた。

これに対し、原告は「もうすぐ終わるから少し待つてくれ。」と答えたが、当該プラツトホームの場所が、本来は、被告会社が配送を担当するポートアイランド方面のものであつたため、被告上原は、原告が自分の要望に従わないものと判断して、原告車両の運転席に座り、つけたままの状態にあつたキーでエンジンをかけ、原告車両を約二〇メートル前進させてプラツトホームの端からほぼ垂直に移動させた。

なお、被告上原は、この際、後方のプラツトホーム上で原告がどのような作業をしていたのかを確認していない。

(六) 原告は、伝票と荷物とを照合していたため、被告上原の行動や原告車両の移動にまつたく気づかず、原告車両に積み込む荷物を持つて、プラツトホームの端から原告車両に乗り移ろうとしたところ、すでに原告車両はそこにはなく、プラツトホームの端から、約九〇センチメートル下のコンクリートの床に転落した。

なお、原告車両が移動を始めたのは、原告が原告車両の荷台に足をかけたその瞬間であつた。

2  右認定事実によると、被告上原に過失があることは明らかである。

すなわち、被告上原は、原告に対し、「車をどけてくれ。」と告げたものの、原告からこれを承諾する旨の返事が得られなかつたために、自ら原告車両を運転して発進させたが、この際、原告に対し、自らが原告車両を発進させることをまつたく告げていない。さらに、被告上原は、原告車両を発進させる際、後方のプラツトホーム上で原告がどのような作業をしていたのかを確認していない。

そして、被告上原は、本件事故の直前には、原告がプラツトホームから原告車両に荷物を積み込む作業をしていたのを認識していたのであるから、原告に告げることなく原告車両を発進させた場合には、原告が誤つてプラツトホームから転落する事故が発生することを十分に予見することが可能であつたというべきである。

3  そこで、続いて、原告に過失相殺すべき過失が存在したか否かについて判断する。

(一) 前記認定のとおり、原告は、被告上原から、「車をどけてくれ。」とは告げられたものの、同被告が原告車両を発進させることはまつたく告げられておらず、しかも、原告車両が移動を始めたのは、原告が原告車両の荷台に足をかけたその瞬間であつたのであるから、原告には、本件事故の予見可能性も回避可能性もなかつたものといわざるを得ない。

したがつて、原告には、本件事故の発生に関して過失はない。

なお、被告らは、本件事故当時、原告が原告車両の荷台に後ろ向きに足を掛けようとしていた旨を主張するが、前記認定のとおり、原告は、振り返つて前向きに原告車両の荷台に乗り込もうとしていたことが優に認められるから、被告らの右主張は採用の限りではない。

(二) また、被告らは、原告車両が停止していたプラツトホームは、被告会社のポートアイランド行きの専用荷物積み場であり、原告がこれに反して原告車両をそこに停止させたため、被告上原は、原告車両を移動させたものである旨主張する。

しかし、前記のとおり、原告は、訴外京配送有限会社の配車作業を担当していた山口義之の指示により、原告車両を当該プラツトホームに停止させたことが認められる上、弁論の全趣旨によると、訴外福山通運株式会社では、本件事故の発生した荷物集配所の使用方法につき、規則を定めるなどの方法によつて文書でこれを明確にし、右方法に反する使用を禁止していたとまでは認められないから、被告らの主張するプラツトホームの使用方法は、下請業者間の自主的な申し合わせにとどまるものであつたとするのが相当である。

そして、被告上原の過失が、原告の生命・身体に対して直接損害を与える程度の重大なものであつたのと対比すると、原告が原告車両を当該プラツトホームに停止させた行為は、非難の程度がきわめて小さいというべきであるから、これをもつて被告上原の行為を正当化することはできず、さらに、過失相殺として、原告の損害の一部を控除することも相当ではない。

(三) 以上のとおり、被告らの過失相殺の主張は採用の限りではない。

二  争点2(原告に生じた損害額)

争点2に関し、原告は、別表の請求欄記載のとおり主張する。

これに対し、当裁判所は、以下述べるとおり、同表の認容欄記載の金額を、原告の損害として認める。

1  損害

(一) 治療費

甲第八号証の一ないし六により、治療費金一〇万三三一六円が認められる。

(二) 入院付添費

甲第五ないし第七号証、第一六号証、原告本人尋問の結果によると、原告は本件事故により骨盤骨折の傷害を負つたこと、右傷害により、原告は歩行することが不可能となつたこと、このため、原告は、平成六年二月二四日から同年七月二〇日までの一四七日間、谷本外科に入院したことが認められる。

そして、原告の右傷害の程度によると、右入院期間中、原告には付添看護が必要であつたというべきであり、入院一日あたり金五〇〇〇円の割合による入院付添費が本件事故と相当因果関係のある損害であるというべきである。

したがつて、入院付添費は、次の計算式により、金七三万五〇〇〇円となる。

計算式 5,000×147=735,000

(三) 入院雑費

入院雑費は、入院一日あたり金一三〇〇円の割合で認めるのが相当である。

したがつて、入院雑費は、次の計算式により、金一九万一一〇〇円となる。

計算式 1,300×147=191,100

(四) 通院交通費

甲第七号証、第一七、第一八号証、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、原告は、平成六年七月二五日から平成七年四月一九日まで谷本外科に通院したこと(実通院日数四二日)、右通院のための交通費は一日あたり金一九六〇円であつたこと(片道につき、バス代金二一〇円、地下鉄代金五八〇円、阪神電車代金一九〇円、小計金九八〇円。)が認められる。

したがつて、通院交通費は、次の計算式により、金八万二三二〇円である。

計算式 1,960×42=82,320

(五) 休業損害

(1) 有限会社オオハラ・シツピングの休業による未払報酬

甲第一一、第一二号証、第一五号証、原告本人尋問の結果によると、原告は、昭和五九年三月に有限会社オオハラ・シツピングを設立し、その代表取締役の職にあること、同社の営業内容は、船の管理業務の受託(保船、用度、海務、船員等の関係業務の代行)、外国船主代理店として外国船員の配乗、労務管理の受託、不定期配船業務等であつたこと、平成五年には、原告は、同社から金四二〇万円の報酬を受領したこと、平成六年二月二四日から平成六年七月二〇日までの原告の入院中、同社は原告に対してまつたく報酬を支給していないことが認められる。

しかし、他方、甲第一三号証の一、二、原告本人尋問の結果によると、原告は平成五年一二月から見習いという形で訴外京配送有限会社の下請の仕事を始めたこと、平成六年一月一六日に貨物軽自動車運送事業経営の免許をとつて、正式に「大原運送」という名で個人の運送事業を始めたこと、それ以来、原告は、午前七時ころから午後三時ころまでは運送事業に従事していたことが認められる。

したがつて、本件事故直前には、原告は、もつぱら運送事業に従事していたものとして休業損害を算定するのが相当であつて、原告入院中の有限会社オオハラ・シツピングの営業実績等の立証のまつたくない本件においては、同社の未払報酬を休業損害の基礎とすべきではない。

なお、原告本人尋問の結果の中には、同社には自分と妻以外に従業員が二人おり、右従業員は昼間のみ働いていたこと、右従業員は本件事故後やめたこと、同社は外国との取引もあり、夜も営業することが可能であること等をいう部分があるが、これらによつても右判断は左右されない。

(2) 大原運送の減収

甲第一三号証の一、二によると、本件事故前の平成六年一月五日から二月二三日まで(五〇日間)、大原運送としての原告の実労働日数は三九日であること、この間の収入は合計金四八万二一五〇円であることが認められる。

また、甲第一九号証の一ないし五によると、平成六年一月二〇日から同月二九日までのガソリン代の合計が金一万〇二四六円であることが認められる。そして、弁論の全趣旨によると、これは、右期間の経費であると認められるから、一日あたりの経費を金一〇〇〇円とするのが相当である。

さらに、甲第一六、第一七号証によると、平成六年七月二〇日の退院日をもつて症状固定の診断がなされていることが認められるから、休業損害の算定にあたつては、入院期間一四七日にわたつて、原告は休業することを余儀なくされたとするのが相当である。

したがつて、休業損害は、次の計算式により、金一二七万〇五二一円となる。

計算式 (482,150÷50-1,000)×147=1,270,521

(六) 後遺障害による逸失利益

甲第七号証、第一六号証、原告本人尋問の結果によると、本件事故により、原告には左股関節外転障害の後遺障害が残つたこと、右後遺障害は、自動車損害賠償保障法施行令別表一二級七号(一下肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの)に該当することが認められる。

そして、原告の従事する業務の内容によると、原告は、右後遺障害により、退院の日の翌日である平成六年七月二一日(原告は満六五歳)から八年間にわたつて、大原運送における収入(その額は前項記載の方法による。)の一四パーセントに相当する分を逸失したとするのが相当である。なお、有限会社オオハラ・シツピングにおける業務の内容及び原告がその代表取締役であることに照らすと、同社における収入について、後遺障害による逸失利益を認めるのは相当ではない。

そして、中間利益の控除については新ホフマン方式によるのが相当であるから(八年間の新ホフマン係数は六・五八八)、後遺障害による逸失利益は、次の針算式により、金二九〇万九九〇三円となる(円未満切捨て。)。

計算式 (482,150÷50-1,000)×365×0.14×6.5886=2,909,903

(七) 慰謝料

本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、入通院期間、後遺障害の内容、その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、本件事故により原告に生じた精神的損害を慰謝するには、金三六〇万円をもつてするのが相当である。

(八) 小計

(一)ないし(七)の合計は、金八八九万二一六〇円である。

2  弁護士費用

原告が本訴訟遂行のために弁護士を依頼したことは当裁判所に顕著であり、右認容額、本件事案の内容、訴訟の審理経過等一切の事情を勘案すると、被告らが負担すべき弁護士費用を金九〇万円とするのが相当である。

第四結論

よつて、原告の請求は、主文第一項記載の限度で理由があるからこの範囲で認容し(遅延損害金の始期は原告の主張による。)、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 永吉孝夫)

別表

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例